本コラムでは、過去に起きた環境問題の歴史を刻印するアート作品として制作された、《スラグブッダ88》と《そらみみみそら(mine・札幌)》のコンセプトを紹介します。
2022年3月、瀬戸内海のアートの島・直島に、新しい施設が二つ誕生しました。直島で安藤忠雄氏の9つ目の建築「ヴァレーギャラリー」と、現代美術作家・杉本博司氏の作品空間を改修して拡張した「杉本博司ギャラリー 時の回廊」です。今回は、「ヴァレーギャラリー」で展示されている作品を紹介します。
現在、「ヴァレーギャラリー」には、草間彌生さんの《ナルシスの庭》と、2006年からこの場所に設置されている小沢剛さんの《スラグブッダ88》が展示されています。
1700個のミラーボールがギャラリーを侵食
《ナルシスの庭》が最初に発表されたのは、1966年のヴェネチア・ビエンナーレ。草間さんはゲリラ的にプラスチック製のミラーボール1500個を芝生に敷き詰めました。そして、「Your Narcissism for Sale」(あなたのナルシズムを販売します)という看板とともに1個1200リラでミラーボールを販売しようとしました。
この作品は芸術の商業化や虚栄心のカルチャーへの挑発的な批評と評され、メディアを通じてヨーロッパに草間の名前を知らしめる結果となりました。
直島では1700個のミラーボールが、ギャラリーの中にとどまらず、庭や池にさえも侵食していて、ゲリラらしいエネルギーを放っています。
産業廃棄物由来のスラグから作った仏像で環境問題を刻印する
直島には、あちこちに祠に収められた石の仏像があり「直島八十八箇所」と呼ばれています。小沢剛さんは、2006年の展覧会のときに八十八体の仏像の測量・調査を行い、作品を制作しました。その素材に用いたのが、豊島に不法投棄された産業廃棄物由来のスラグです。
史上最大の不法投棄事件
豊島の産業廃棄物不法投棄は、史上最大の事件と言われています。1975年に豊島観光によって有害産業廃棄物処理場建設の申請が出されました。以降、違法な埋め立てなどが続き、91万トンにものぼる廃棄物が不法に投棄され続けたのです。1988年、豊島観光の経営が検挙、2000年には県と住民との間で公害調停に合意。廃棄物の撤去が始まりました。
直島にある三菱マテリアル内に中間処理施設を建設し、廃棄物の焼却が行われました。このときに最後まで残ったものがスラグです。廃棄物および汚染土壌の撤去は2017年に完了しましたが、汚染地下水の浄化はその後も続き、2022年9月にようやく完了する予定です。この事件以降、産業廃棄物のリサイクル化が進むことになりました。
《スラグブッダ88》に込めた思い
小沢剛さんが《スラグブッダ88》を制作するにあたって二つのコンセプトを考えたと語っています。
ひとつは直島八十八箇所巡りというこの島の江戸時代の歴史をかたどったということですね。なぜ石仏が八十八体あるのかというと、有名な四国八十八箇所巡りに由来するそうです。四国八十八箇所巡りは何日もかけてお遍路する大変なものです。それを江戸時代の人はコンパクトに模して全国各地に様々な巡礼地を作ったんですね。四国八十八箇所巡りよりも簡単に巡ることができ、同じだけの御利益があるというコンビニエンスな巡礼が流行していたわけです。
そうした背景から直島にも江戸時代から八十八箇所に石仏が置かれていました。いくつかは時が経って無くなったり、欠けたりしたけれど、30年ほど前に町の有志が再制作させたり、いくつかの地蔵はその付近のコミュニティに根差した信仰の対象になっていたり、そうした歴史を一体一体調査しました。
二つ目のコンセプトは、では石仏を何の材料でつくるかということです。
瀬戸内の島々は美しいけれども、もし負の歴史などもあるなら、そうした部分も見据えた上で作品を作りたいと思ってリサーチしたんです。その中でこの豊島の問題と直島の処理施設のことが見つかりました。これは戦後の歴史の影の部分として向かい合うべきと直感的に思いました。さらに調べると、処理施設では産廃を焼却・溶解する過程で様々な金属を抽出して再利用するんですけど、最後にスラグというカスが残ることが分かりました。そのスラグを使ってアートに昇華させていくのはどうかと思いました。地元の陶芸作家の協力もあって、スラグで地蔵の焼き物をつくることに成功して、素材に使うことにしました。
無害化処理がようやく終わったことは良いのですが、その処理が終わったことで、負の歴史が無かったことになるのでなく、形になって残るということが重要なところではないでしょうか。スラグの山はまだ残っているし、廃棄物によって汚染された投棄跡地の地下水の浄化も終わっていません。美術はすぐに役に立つものでは無いですが、見方を変えれば色々な機能を引き出すことができると思っています。それは人の心であったり、潜在的な何かを引き出すスイッチになったり。
この作品には、失われていこうとする歴史を、スラグブッダという形でぎゅっと濃縮して、忘却しないように語り続けられる機能として、ここに佇んでいてくれたらいいなと思っています。
スラグの成分は均一ではないので、焼成した仏像の色はバリエーションに富んでいます。またその表情もいろいろで、素朴さとともに、豊島の戦いの凄まじさを物語っています。
これまでに日本の各地で公害問題は起こっていて、新聞やニュースでも報道され、国や自治体の文書、ルポルタージュなど様々な記録が残されています。しかし、これらの記録は積極的に探しにいかないと目にすることができません。
その点、仏像の形でギャラリーの庭に設置されていれば、ここを訪れた観光客が必ず豊島の歴史に触れることになります。それは、環境問題を刻印するアート。小沢さんが語っているように、このような作品を観るといつまでも覚えているものです。
札幌の鉱山の歴史を刻印する陶器
2014年に行われた札幌国際芸術祭で、宮永愛子さんが制作した、《そらみみみそら(mine・札幌)》。これも同じように環境問題を刻印するアートとしてのストーリーがあります。
札幌に水を供給する豊平川の上流には豊羽鉱山があって、大正時代から採掘が行われていました。液晶パネルに必要なインジウムは世界的な生産量を誇っていた時もあったそうです。この鉱山は2006年に操業停止しました。違法なことが行われたわけではなく、資源が枯渇しコスト高になったことが操業停止の原因です。操業停止後も地下に坑道が残っていて地下水が湧出してきます。坑道内に湧出した水は鉱物が溶け出し強酸性になる。放置しておくと河川を汚染してしまうので、坑道内の水を汲み上げ浄化する作業が現在も行われています。
宮永さんは、この浄化した水を使って陶器を制作しました。器が冷えるにつれてその表面にヒビが入る「貫入」が起こり、かすかな音がする作品です。宮永さんは、いろいろな場所で《そらみみみそら》を制作しています。特にこの作品は、札幌の産業の歴史と、今も人知れず水の浄化を行なっているというストーリーが印象的で忘れることができません。
環境問題や歴史を刻印し、人々の行動を変えていくアートの力
崔在銀さんは、人が歩くと、白い大地が灰で覆われるというメッセージを《The Oldest Story of Today …》という作品で表現しました。
『The Oldest Story of Today …』 – 「白(塩)」と「黒(石油)」の人類史
私たちは、このような歴史を刻印するアート作品を観ることで、人類が起こしてしまった歴史を語り継ぎ、もう一度白い大地を取り戻そうと意識を変えることもできるのです。
アートには次のような力があると考えています。
・個人の意識を変える力
・場の雰囲気を変える力
・コミュイニティを動かす力
アートによって、よりよい社会に向かうための指針とエネルギーが与えられます。
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