この記事では、企業とアーティストの新しいコラボレーションでアート作品を制作する:「KYOTO STEAM 2022 国際アートコンペティション」の意義について紹介します。
企業とアーティストのコラボレーションで作品制作
2022年1月29日から2月13日まで、京都市京セラ美術館で「KYOTO STEAM 2022 国際アートコンペティション」の展示が行われました。アーティストと企業・研究機関が対話を重ね、アート作品を制作するプロジェクト。
公募にエントリーした41件の企業・研究機関と111件の作品プランの中から、審査会で11組が選ばれました。これらは、「アート×サイエンス・テクノロジー」の新たな可能性に挑戦したものです。
私は最終日に展示を観に行きました。見応えのある作品が多く、とてもいいコラボレーションになったことがわかりました。そして、アートコーディネーターをされた安河内宏法さんからカタログを送っていただきました。これを読むことで、改めてアーティストと企業のコラボレーションについて振り返ることができました。
このコンペティションの目的について、実行委員会は以下のように語っています。
企業・研究機関は、その素材や技術や知見によって、どのようにアーティ
ストを触発することができるのか。アーティストは、その独自の視点によっ
て、どのように企業・研究機関の素材や技術や知見に、新たな価値を見出
すことができるのか。対話の中で目指されたのは、互いが創造力を寄せ合
い影響を与え合うことを通して、それぞれが単独では作り出すことのでき
ない作品を制作することでした。
珪藻という小さな生き物がもつ豊かさ
展覧会の会場で、コンペティションに参加したアーティスト二人と話をすることができました。
一人目は、宮田彩加さん、私は以前から彼女の作品には興味をもっていました。彼女はミシンで刺繍を作っています。プログラムにバグを入れることで糸を飛ばし、生物の進化を表現しています。今回は、珪藻をタネから培養する技術を世界ではじめて確立した株式会社SeedBankとのコラボレーション。企業とのディスカッションをかなり行ったそうです。彼女は、珪藻の色素で糸を染色できないのかと聞いてみました。すると、企業側もチャレンジしてくれて、珪藻で染色した作品も展示していました。
アーティストからのこのような提案は非常に重要です。企業には企業の常識があって、最初から考えもしないことがいっぱいあるものです。アーティストの観察力と好奇心で、そのような常識を覆してくれると、珪藻を染色に使うことが新規事業に発展する可能性も多いにあると思います。
花の本質を探る
もう一人は佐藤壮馬さん。自身が長く住んだ家を3D スキャナーで記録した映像作品を観たことがあります。部屋の記憶という目に見えないものを表現した素敵な作品でした。
佐藤さんのコラボレーターは、KYOTO’s 3D STUDIO 株式会社。文化財を3Dスキャナーによって記録する事業を行っています。佐藤さんは、花を3Dスキャンすることを企画しました。花のような柔らかい素材をスキャンすることは非常に難しいのですが、検討を重ねデータをとることができました。
会場では、スキャンデータのプリントアウト、データを元に作成した映像と、立体作品などが展示されていました。
私は、花がもっているしなやかさや人を癒す力が、スキャンデータからは失われてしまったように感じました。一方で、須田悦弘さんが創る木彫の花は、硬い素材でありながらしなやかさを漂わせています。
このコラボレーションを発展させ、花が本来もつ力をデータ化する研究を進めることで、しなやかさや癒しの本質に迫ることができるに違いありません。
企業とアーティストのコラボレーションの意義
アートコディネーターの安河内さんにコンペティションの効果について聴きました。
アーティスト側からは、「社会とのつながりを感じることができた。自分がこれまで扱ってこなかったテーマに出会うことができた。専門が違っても、お互いの知見を抽象化することでわかりあえることに感動した。」といった声があったそうです。
企業側の意見としては、「自分達の扱っている素材の新たな魅力を引き出してくれた。議論することで思考が柔軟になった。」といったものがありました。
安河内さんは、「今回はアーティストが作品を創るということがゴールだった。一方、企業側もコラボレーションから発想した製品のプロトタイプなどを創る機会があってもよかった。」とコメントしています。
弱くあることの喜び
非常に効果のあったプロジェクトでしたが、5年間の活動を終了することになりました。もう少し続けられたら、アーティストと企業のコラボレーションはもっと飛躍できると思うと安河内さんは語っていました。
私も今回の展示をみて可能性を感じていたので、終了してしまったのはとても残念です。素晴らしい作品の数々を見せてくれたアーティスト、企業の皆さん、企画・運営をされた皆さんに感謝します。
安河内さんがカタログに寄せたメッセージに、彼の想いが込められています。
私としても、このようなコラボレーションを増やしていけるように取り組んでいこうと思います。
ご一緒していただける方がいたら嬉しいです。
「わからない」ことに取り囲まれるとき、人は弱い状態に立つことになる。他者の専門性に触れ、驚き、戸惑いながら、対話を重ねていく。その対話では、自らの価値観が否定されたと感じ、困惑することもあるだろう。そうしたときに、他者の専門性を無視するのでもなく、自らの価値観に他者を一方的に従わせようとするのでもなく、弱さの内側に留まろうとするとき、自らが慣れ親しんだ思考や価値観の外に出るための回路が開かれ、そのコラボレーションでしか成立しない作品は作られるのだと思う。
弱くあることの喜び。プロジェクトに参画し、そうした喜びがあり得ることを教えてくれたアーティストと企業・研究機関に、感謝したい。私たちがこのプロジェクトで行ったのは、弱くあることの喜びを甘受することのできる場を作ることだった。
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