アート思考入門(4)共感集める「私の世界観」 (戦略フォーサイト)

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日経産業新聞 2021年6月7日に寄稿した記事を転載します。

 

 20世紀は物質的な豊かさ、機能的価値を求めた時代であった。

現在は多くの分野で機能は足りており、心の充足を求める時代

に移りつつある。企業は製品の機能より、その活動に対して社会

から共感を得ることが重要になっている。

 

 アーティストも多くの人から共感を得ることは重要である。し

かし、彼らはマーケティング調査をしてどのような作品が受ける

かを調べて作品を創ることはない。自らの心情、コンセプトに基

づいて制作している。

 

 ではなぜ、自分起点で制作したものが共感を得るのか。それは

作品が斬新で驚きがある、コンセプトが多くの人に気づきを与え

る、普遍的な美しさをたたえている、そしてアーティストが確固

たる世界観を持っているからである。

 

 アート思考で重要な3つのポイントのうち、抽象化による「思

考の飛躍」、知性による「突破力」に続く第3のポイントが、こ

の驚きや普遍的な美しさに裏打ちされた「世界観」である。

 

 2019年に日本で開かれた現代アート展で最も入場者の多か

ったのは、森美術館での「塩田千春展:魂がふるえる」で、約6

6万6000人にも上った。一方、美術以外も含めたその年の展

覧会で最も入場者数の多かったのは国立科学博物館の「恐竜博2

019」で、約67万9000人だった。塩田千春展が現代アー

トの展覧会としては驚異的な入場者数であったことがわかる。

 

 この展覧会は先にあげた要素が全てそろっていた。

 

 塩田氏の作品は広い空間に赤や黒の糸を無数に張り巡らせたイ

ンスタレーションが代表的である。そのダイナミックな展示は他

のアーティストの展示をはるかに上回り、鑑賞者に大きな衝撃を

与える。驚きを感じた人たちによるSNS(交流サイト)の投稿

が目立ったのもこの展覧会の特徴である。

 

 実際に展示の中に入っていくと、燃えかけたピアノ、積み重な

る古い窓、宙に浮く400個の古びたスーツケースと不穏な雰囲

気が漂っている。しかし、不穏ななかにどこかで見たことがある

ような懐かしさを感じる。驚きとともに、人の心の奥に眠ってい

た感情を呼び覚ます普遍性がある。

 

 この展覧会の話を森美術館から提案されたのは2017年、塩

田氏が卵巣がんが再発し手術を受ける前日だったという。転移が

見つかり化学療法などの治療が続けられた。この治療の状況に、

感情や意識を持った「私」という部分が欠けている、魂が置いて

きぼりにされていると感じた。そこで感情や意識が感じられる作

品を創りたいと思うようになったという。

 

 この美術展に多くの人が詰めかけたのは、普遍的かつ根源的で

ありながら現代社会では直視するのを避けがちな「生と死」に向

き合う塩田氏の世界観が共感を呼んだことが大きい。個人の実体

験を基にした「私の世界観」だからこそ、大勢の心に響いたので

ある。

 

 斬新さ、驚きと普遍性、制作者の世界観が重要なのは、21世

紀のビジネスにも共通する。米GAFA(グーグル、アップル、

フェイスブック、アマゾン)が提供する製品もこれらの要素を備

えている。例えば、iPhoneはスティーブ・ジョブズ氏の世

界観を色濃く反映している。日本企業も「その製品が社会でどん

な意味があるのか」といった意味的な価値を重視した世界観を打

ち立て、共感の要素を創っていく必要がある。

 

記事のPDFはこちらをご覧ください。

20210607_4pdf

 

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