アート思考入門:「高い視座」で限界を突破する

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この記事では、アート思考入門の第3回、アート思考の重要な要素の一つとして、高い視座をもって限界を突破することを紹介します。

この記事は、日経産業新聞 2021年6月4日に掲載されました。

 

 ビジネスの場でプロジェクトを進めていると、難関にぶちあた

ることがよくある。マイルストン(中間目標)を達成できずに中

止の危機に遭遇したり、競合が先行していることがわかったりな

ど、次々とハードルが出てくる。斬新なアイデアを考えたとして

も、突破する力がなくては実現させることができない。

 

 アート思考で重要な3つのポイントのうち、抽象化による「思

考の飛躍」に続く第2のポイントがこの「突破力」である。

 

 アーティストにとっても、作品を制作する中で多くのハードル

が出てくる。しかし、ビジネスパーソンと違うのは、はるかに高

い突破力を持っていることだ。会社に頼れず「個」として生きる

アーティストは作品を制作し、世の中に認めてもらわないかぎり

実績は残らない。アーティストになると決めた時点で強い覚悟を

持ち、いや応なく突破力を身につけていく。

 

 アート思考に関する様々な議論でも、ビジネスパーソンが学ぶ

べきアーティストの特徴としてこの「突破力」は共通している。

私の事業会社での長い勤務と多くのアーティストへ接した経験か

らもこれは実感できる。

 

 突破力の一例が、現代アーティストの篠田太郎氏の取り組みだ。

2007年から始めた映像作品プロジェクト「月面反射通信技

術」で、アラブの砂漠の中でのパフォーマンスを実現させたのだ。

 

 この作品は、手作りの望遠鏡で世界各地で月を撮影したものだ。

世界のどこで見ても月は月だが、昇ってくる角度が場所によっ

て違うことを表現した。この作品をアラブ首長国連邦(UAE)

の王族が気に入り、現地で上映することになった。篠田氏は砂漠

でのパフォーマンスを提案、砂漠に巨大なスクリーンを設置して

上映し、それに合わせてフランスのミュージシャンが演奏した。

 

 砂漠の真ん中なので、設備も何もない。発電機を持ち込み、騒

音が出るため会場から遠くに置き、長い電線で結んだ。料理はケ

ータリングを呼び、観客は大型SUV(多目的スポーツ車)をチ

ャーターして輸送した。法律面もクリアした。王族が費用を出し

てくれたとしても、個人で企画するには気が遠くなるプロジェク

トだ。その前に立ちはだかる小さなハードルから大きなハードル

まで次々と突破して成功に導いた。

 

 篠田氏が大切にしているのが、コンセプトである。1つのコン

セプトを思いついてもすぐに制作に入るのではなく、10年後も

価値が続くかどうかを判断する。考え抜いたプロジェクトであれ

ば、たいていの場合、解決策を見つけることは可能だと言う。

 

 篠田氏がこのプロジェクトを含め、最近のテーマに掲げている

のが「人類がインテリジェンス(知性)を獲得する」ことである。

篠田氏の言う知性とは、大きな視座で世界がよくなる方向を考

えることを指す。人類がより高次の知性を獲得すれば、自然を破

壊することなくその力を利用できるようになり、「戦争がなく、

貧富の差もなく、国境もなく相手を尊重するような社会になる」

という。そうしたことを実現する力が「人類が目指すべき知性」

だと説明する。

 

 篠田氏のこの姿勢は、SDGs(持続可能な開発目標)など世

界が最近力を入れているテーマと一致する。持続可能な世界実現

のための斬新なコンセプトを打ち立てる知性を持てば、様々なハ

ードルは乗り越えることができる。

 

関連リンク

SHINODA TARO

この人の脳内を覗きたい!篠田太郎さんにインタビュー(前編)

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【レポート】ビヨンド・ザ・デザイン思考:アート思考で社会課題を探索する