このコラムでは、先日急逝された篠田太郎さん(1964〜2022)が、ビジネスパーソンに向けて語った、イノベーション創出のためのインテリジェンスの磨き方について紹介します。
篠田さんの訃報を聞いたのは、2022年8月27日。とても信じられませんでした。つい先日、展覧会で大きな作品を創ろうと思っているというSNSの投稿を読んだばかりだったのです。
イノベーション創出のために根本から考える
篠田さんは、私が最も敬愛するアーティストの一人です。2020年のさいたま国際芸術祭でのインスタレーション《ニセンニジュウネン》のように、人類の文明や文化に問いを立てる作品が多かったと思います。
私が行っている、イノベーション創出人材育成ワークショップのプラニングにおいて、篠田さんとは何度も議論させていただきました。そして、ワークショップのゲスト講師としても登壇していただきました。ビジネスパーソンに対して、「根本から考えてない!」といった辛口のコメントを炸裂させていたのが非常に印象的です。受講生もこのような辛口なことを言われることは少なく、かなり衝撃を受けたと同時に、すっかり篠田さんのファンになってしまった人も多かったのです。
庭とは自然の抽象
まずは、2019年に、私と篠田さんとで行った講演の中から、イノベーション創出やインテリジェンスに関わる発言について紹介しましょう。
篠田さんは、庭を作りたくて造園の勉強をしていました。
龍安寺の石庭の影響を受けたそうです。何も動いていないけれど、動的なものが感じられることに興味を抱きました。そして、庭とは何かを考えるようになりました。周りに自然はいっぱいあるのに、どうして庭を造るのでしょうか?
庭とは、自然の再現ではなく、自然の抽象ではないか。
人は、抽象的にしか理解できないと篠田さんは考えていました。
誰に言われなくても創りたいものにチャレンジする
篠田さんは、造園の勉強をした後、鉄工所で仕事をしていました。アフター5に、廃材を自由に使っていいと言われ創ったのが、静的なものを表現するために動き続ける《Milk》という作品でした。これもまた自然の抽象です。
この作品がきっかけで、篠田さんはアートの道に進むことになります。
私たちはポテンシャルをもっています。しかし、多くの人はポテンシャルを発揮する方法を知らないのです。
学生もビジネスパーソンも、問題を与えられるのを待っている、これではポテンシャルは発揮できません。
篠田さんのように、誰に言われなくても創りたいものを創ってしまうことで、新たな可能性が開かれるのです。
いつも新しい作品を作っている。
ドキドキもするし怖い。
でも再制作は面白くない。新しいことをやりたくなる。
根底に考えている疑問、未来はこうあるべきという思想など、抽象的にものを捉えようとしているので、作品も抽象的になっていまう。
10年経って世界の価値観が変わったときに、自分がやったことが別の意味をもつだろうかということも考える。
このようなとき、オンリーワン、オリジナルなものだけが生き残る。
10年前の作品を振り返ると、自分の作品が、巨匠たちの作品と同じような強度を持っているかどうか考える。
望ましい社会を個人個人が問い考える
次に、ワークショップのプラニングで議論した、企業の活動について語ったことを紹介します。
盛田昭夫、本田宗一郎、松下幸之助は、何を欲したかで考えていました。しかし、今の企業は、何が必要かで考えています。自分が望ましい社会を個人個人が問い考えていくべきではないでしょうか。組織がそれを阻害しなければ実現していくと思います。
テクノロジーの発達が、人間の生活を楽にするはずだったのが、仕事量を増やしてしまって、豊かな状況にはなっていません。企業は、本当の豊かさとは何かを考えれればいいのではないでしょうか。
行動することの大切さ
組織はとかくやる前からダメだと判断してしまいます。やってみる前に判断をくだすのはおかしい。
マクドナルドの創業者は、テニスコートに店舗のシミュレーションを作り、ボランティアの人に動いてもらって導線を調べました。そして、注文から30秒以内に商品を渡せる仕組みを創ったのです。このようにシミュレーションをしてみることが重要です。
アーティストも同じで、結果を予測して、いまひとつだからやらないということはしません。
未知との遭遇のための現代アート
ビジネスパーソンは、現代アートのように評価の定まっていないものに対してどうアプローチするかにチャレンジしたらいいと思います。現代アートと同じように評価が定まっていない若者の言うことに柔軟に対応できるようになるのではないでしょうか。
未知との遭遇には現代アートが適しています。
人類がインテリジェンスを獲得する世界
篠田さんは、「人類がインテリジェンス(知性)を獲得する」ことを最近のテーマにしていました。ここでいうインテリジェンスとは、大きな視座で世界がよくなる方向を考えることです。人類がより高次のインテリジェンスを獲得すれば、自然を破壊することなくその力を利用できるようになり、戦争がなく、貧富の差もなく、国境もなく相手を尊重するような社会になると考えていました。
いつも高い視座から社会を観ていた篠田さんは、インテリジェンスの塊でした。その話はとても刺激的です。彼の話をもう聴くことができないのは本当に残念ですし、寂しいかぎりです。
しかし、篠田さんの思考をもとに創りあげたワークショップがあります。多くのビジネスパーソンにこのワークショップを紹介していこうと思います。そして、彼らがポテンシャルを十二分に発揮し、インテリジェンスを獲得できるように、私もチャレンジしていきます。
濃密な対話の機会を与えてくださった篠田太郎さんに感謝いたします。
関連リンク
DNAと彫刻の相補的な関係 – 篠田太郎「on sculpture – between line and figure」