角幡唯介さんの著書『極夜行』、2016年冬から2017年春にかけて、イヌのウヤミリックとふたりで、太陽が全く姿を見せない北極を探検した記録です。
脱システムこそ探検の本質
角幡さんは探検家で、ニューギニア島トリコラ山北壁初登頂など未踏の地を旅してきましたが、地球上にはもはや未踏の地はほとんど残されていません。ところが、太陽の昇らない極夜は、未だに未知のまま残っていたのです。
角幡さんは、「自分たちの世界の枠組みや常識の外側に飛び出てしまうこと、それこそが探検行為の本質である(脱システム)」という考えをもっていて、この探検では、GPSなどの機器を使わず、地図とコンパスと自分の勘で臨みました。当然のように迷うこともあり、ブリザードに行手を阻まれる。事前に中継地点に備蓄しておいた食糧をシロクマに食べられてしまい、食糧不足に陥ります。野生の動物にもなかなか出会わず、何度もウヤミリックを食べようという思いがよぎる。
人間社会のシステムから離脱したからこそ経験できることがあります。
極夜の中、もう二度と戻れないのではないかという恐怖と闘いながら、自分の感覚を頼りに、この「絶望的な空間」を一歩一歩進むこと自体が、未知の位相を旅するこの冒険の、ハイライトだったはずなのだ。
それは、新しい冒険・探検の表現の開拓であり、死そのものよりも、死を内包した「生」にこそあった。その「生」とは例えば、何ヶ月ぶりかに全身で浴びる太陽の光に象徴されるものだった。
脱システムで磨く直観力
角幡さんが指摘している「自分たちの世界の枠組みや常識の外側に飛び出てしまうこと」、私たちが、物事の本質を捉えるときの直感力を磨くためにも大きな威力を発揮します。
そんな脱システムを経験するひとつに、海外で生活し仕事をするということがあると思います。
私はかつて、カリフォルニアで分子生物学の研究をしていたことがあります。所属していたラボでは、月に1回、担当者が自分の研究の進捗を発表するのですが、発表者がワインやおつまみを用意して、酒盛りをしながら議論するというとんでもないところでした。
しかし、ここで気がついたことがあります。ラボのビッグボスが常に、「この研究のゴールに早く到達するために、我々は何ができるだろうか?」と問いかけるのです。他のラボの研究者が技術を持っていそうだとわかったら、すぐに電話をかけてくれました。
「このデータが足りない。」といった議論が最初に出てくる日本とは大きく違っていました。
アポロ計画やヒトゲノムプロジェクトのような一見ばかげた巨大なプロジェクトを成し遂げるために必要な思考を経験した瞬間でした。
ビジネスジェットは、内装が豪華で富裕層の所有欲をくすぐる乗り物という印象がありました。ホンダジェットは、その常識を覆し、優れた燃費や性能、乗り心地といった点にこだわりました。
PLの藤野道格さんがアメリカに行ったとき、広い国土をビジネスジェットが繋いでいることがアメリカのビジネスの強さとスピードの要因になっていることに気づき、さらに、自動車業界で課題となっていた環境性能が、航空機にも問われるようになると推察したことによります。
藤野さんは、イノベーションを創出する発想について次のように語っています。
エンライトメント(悟りの境地)というか、禅に近い世界観のように感じています。極限まで学んだうえで、いったんそれまで学んだことを全てリセットして昇華させてこそ、まったく新しい境地に立って革新的なものが⽣み出せるのです。
この新しい境地というのは、従来の常識の外に出るということだと思います。
現代アートも常識の外へと導いてくれる
私は、現代アートのアーティストたちの視点や思考を、ビジネスパーソンが学ぶワークショップを行なっています。多くのアーティストの話を聴いていると、彼らの発想が私たちとは異なり、ぶっとんでいることに驚かされたことによります。まさに、アーティストは、私たちの常識の外にいる存在なのです。
AKI INOMATAさんは生き物と協働した作品を制作しています。
『貨幣の記憶』という作品。福沢諭吉、エリザベス女王、ジョージ・ワシントン、主要国の通貨に使われる肖像の核を作り、真珠貝にうめる。すると、肖像の形の真珠ができあがります。
貝殻はかつて貨幣として使われていました。そして、現在の通貨の肖像、それ自体に価値のある真珠。
真珠は核を貝に埋めて作ることは知っていても、実際に作ってしまうところがアーティストの発想でぶっとんでいます。そして、実際に肖像の真珠を目の当たりにすると、私たちが何も考えずに貨幣を使っていることの不思議さに改めて気づかされます。
常識を揺さぶられるアート作品とアーティストの凄さをもっと多くの人に知ってほしいものです。