アート思考入門(2)抽象度上げて、考えを飛躍 (戦略フォーサイト)

Jump

 

日経産業新聞 2021年6月3日に寄稿した記事を転載します。

 

 イノベーションを生み出す「アート思考」には10年以上の歴

史がある。フランスのビジネススクールESCPが2008年に

アーティストを講師にしたワークショップを開いたのが始まりだ。

以来、方法論などについて米国の大学など世界中で盛んに議論

されてきた。これらの議論と日本のアーティストへの調査から、

3つの重要なポイントが浮かび上がってくる。今回は第1のポイ

ント「思考の飛躍」について説明する。

 

 アーティストの制作過程を聞き取ると、着目している事象につ

いてリサーチを繰り返し、根本から考えていく中で思考の飛躍が

起こるという人が多い。思考を飛躍させることで、思い込みや常

識にとらわれることのない、新しいコンセプトを導くことができ

る。このように取り組むことで、以前にはない斬新な表現を創り

出し、世界を動かすことができる。

 

 「思考の飛躍」は、いわゆるひらめきであるが、単なる思いつ

きではない。観察、リサーチ、実験などを繰り返し、常にその事

象について考え続けることで「思考の飛躍」を導くことができる。

 

 この時に大事なことは、着目した事象に関して、抽象度を上げ

たり下げたりして考えることである。抽象度を上げないと、現状

の改善にとどまってしまう。抽象度を上げて、その事象がもつ意

味を考えたうえで具体化すると、現状とはかなり離れた、かつて

ない形を提示することができる。

 

 横山奈美氏のペインティング「ネオン管」シリーズを見てみよ

う。リアルに描かれたネオン管である。じっくり見ると、ネオン

菅の文字の部分だけでなく配線もちゃんと描いていることがわか

る。自分でデザインしたネオン管を業者に作成してもらい実物を

見ながら描いたのだという。

 

 横山氏は絵画の世界で、自分がどうすれば独自性を打ち出せる

かを考え続け、身の回りのものをリアルに描くことを見いだした。

そこからさらに思考を飛躍させて、普段気づくことなく見逃し

てしまう存在にも、目立つものと同等の価値があるというコンセ

プトを立てた。このコンセプトを伝えるには、想像ではなく、実

際にネオン管を制作して、リアルに描きこむことが必要だった。

 

 一方、私たちが町のネオンサインを見るとき、光っているとこ

ろにしか目が向かない。見たいものしか見ていないのである。し

かし、影の部分やあえて見ようとしないところに重要なことが隠

れていることがある。横山氏はそこに価値を見いだしたのである。

 

 「見たいものしか見ない」。これはビジネスの世界にも通じる。

米経営学者クレイトン・クリステンセン氏が提唱した「イノベ

ーションのジレンマ」もその一例だ。大企業でよく見られる、過

去の目立つ成功体験にばかり目が行き、技術革新できない現象を

指す。大企業が見ていないのは新興企業の技術である。未熟でし

ばらく脅威にはならないと高をくくっていると、いつの間にか抜

かれてしまう。

 

 デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進にも、こう

した思考の飛躍が役に立つ。DXは単に業務をデジタル化すれば

いいのではなく、現在とは違う方法に変換させることが本質であ

る。それには、現状や課題についてとことん調べた上で、業務の

意義や目的を抽象化することで、考え方を飛躍させることが必要

だ。

関連リンク

NAMI YOKOYAMA

イノベーションのジレンマ