日経産業新聞 2021年6月8日に寄稿した記事を転載します。
アーティストがゼロから1を生み出すように、起業家もゼロか
ら世の中にない新しいコンセプトを生み出し、事業を創出してい
る。起業家とアーティストの独立心や精神構造は似ていると言わ
れている。実際、そうしたことを裏付ける調査データが出ている。
米国でデザインやアートと技術との関係を研究しているジョン
・マエダ氏の「デザイン・イン・テック・リポート2016」に
よると、当時のユニコーン(企業価値が10億ドル超の未上場企
業)約160社のうち21%で芸術系教育を受けた人が共同創業
者になっていた。米ユーチューブや英ダイソンなど、日本でもよ
く知られた企業の中にも芸術系大学出身の創業者が少なくない。
また、米大学の研究者リチャード・ポールセン氏らは2020
年に発表した論文で、米大学での専攻を「芸術系」「科学技術系」
「その他のクリエイティブ系」に分けて卒業後の進路を調べた。
すると、芸術系を専攻した学生は他の専攻に比べて、起業家や
新興企業に入る傾向が高いという結果だった。産業界に進むとし
ても、自分の世界観を表現できる場を求めていると考えられる。
具体的にアーティストがどのようにスタートアップを起業した
のか、実例をみてみよう。米エアビーアンドビーは2008年、
ブライアン・チェスキー氏、ネイサン・ブレチャールチク氏、ジ
ョー・ゲビア氏の3人によって設立された。うち、チェスキー氏
とゲビア氏の2人は同じ芸術系の大学を出ており、在学中に出会
ったことが創業につながった。
エアビーアンドビーが企業価値3兆円の会社になるまでの起業
の軌跡をまとめた書籍「Airbnb Story」(リー・ギ
ャラガー著、日経BP)で、チェスキー氏は以下のように語って
いる。「同じ部屋でジョー(・ケビア)と一緒にアイデアをひね
っていたら、他の人たちとは全然違うことができるって感覚を味
わえたんだ」
同社のビジネスモデルは、ゲビア氏がバーで初めて会った人を
自分の部屋に泊めた経験が基になっている。ゲビア氏にとっても、
見知らぬ人を泊めるのは不安でその夜は眠ることができなかっ
たという。この経験から、ホストとゲストの双方が信頼して宿泊
できるにはどうしたらいいかを真剣に考え、実験した。そして、
適切な長さのプロフィルを公開することと、宿泊後に双方がお互
いのレビューを記載する仕組みを開発した。
エアビーアンドビーの成功は、この信頼の可視化が非常に重要
だったとゲビア氏は述べている。消費者向けサービスはいかに便
利に予約ができるかといった点に力を入れがちだが、同社はそう
はならなかった。自らの体験とそれに基づく自らの考えを重視す
るところにアーティストならではの思考を見ることができる。
同社のもう一人の創業者ブレチャールチク氏はエンジニアで、
初代の最高技術責任者(CTO)だった。アーティストとエンジ
ニアが出会う環境が豊富にあるところにも欧米の強さがある。日
本でも美術大学と一般大学が連携するようになってきたが、アー
ティストが産業界で存分に活躍できる環境にはまだなっていない。
産業界が門戸を開き、起業家精神をもったアーティストを受け
入れるようにすることが、産業界の活性化につながるに違いない。
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