2024年6月29日、日本開発工学会の2024年研究発表大会が開催されました。本稿では、「Artistic Interventions:イノベーションの新たなプレーヤーとしての現代アーティスト」というテーマで行った発表の概要をご報告いたします。
日本開発工学会2024年研究発表大会の概要
日本開発工学会は「企業の利益と社会の幸福を両立させるための “ビジネスの創造”の追求」を使命としています。今回の研究発表大会は芝浦工業大学豊洲キャンパスで開催され、「デジタルトランスフォーメーション」「ビジネスイノベーション」「技術経営学」「経営哲学」「コンテンツテクノロジー」の5つのセッションで議論が行われました。
筆者はセッション5「コンテンツテクノロジー」にて、座長の森下あや子氏(日本経済大学大学院)、副座長の土岐智賀子氏(開志専門職大学)のもと発表を行いました。
イノベーションにおけるアート思考の重要性
急速に変化する現代の経済環境において、イノベーションの重要性は日々高まっています。従来のビジネス手法だけでは、複雑化する課題に対応することが難しくなってきており、新たな視点や発想が求められています。そこで注目されているのが「アート思考」です。
「アート思考」とは、アーティストの創造的な視点やプロセスを取り入れ、問題提起や新しい価値創造に活かすアプローチです。従来の論理的思考とは異なり、既存の枠組みにとらわれない自由な発想や、社会課題に対する鋭敏な感性を特徴としています。
現代アーティストとビジネスの親和性
本研究で対象としているアーティストは現代アートのアーティストです。現代アートは、近代までの美しさや個人の内面世界をテーマとしている芸術とは異なり、社会的・政治的課題やグローバリゼーション、テクノロジーをテーマとして、斬新なコンセプトを提示しています。これらのテーマは、産業界でも同様に扱われており、両者の親和性は非常に高いと言えます。
実際、ユニコーン企業の約20%で、芸術系出身者が共同創業者となっているという調査結果があります。YouTube、Airbnb、Dysonなど著名企業も、芸術系出身者が創業者になっています。
このような背景をふまえ、アーティストの、産業界のイノベーション創出への関わり方として、私が行ってきた2つのプロジェクトを紹介しました。
1. 企業のプロジェクトにアーティストが参加することで、プロジェクトを創造的に変革する。
2. アート思考研修プログラムを開発し、アーティストが講師としてビジネスパーソンに影響を与える。
企業プロジェクトへのアーティスト介入事例
企業のプロジェクトにアーティストを招く事例として、将来ビジョンを議論するプロジェクトにアーティストをアドバイザーとして招き、その効果を調査しました。4ヶ月間のプロジェクトで、アーティストは往復書簡や12枚のドローイングを通じて、プロジェクトメンバーに日常とは異なる思考を促しました。
結果、高い視座から社会を見渡したビジョンの提案が見られ、プロジェクトメンバーからは「新しい世界観でビジョンを作ることができた」「純粋に楽しかった」などの肯定的な評価が得られました。
アート思考研修プログラムの効果
アート思考研修プログラムについては、アーティストと議論してプログラムを構成し、企業研修や青山学院大学MBAの講義で実践しています。
例えば、現代アーティストの毛利悠子氏が講師を務めた際、小さな行動の重要性を強調しました。「巨大な革命を一挙に起こすことは難しいが、それぞれが小さな抵抗や運動を起こすことで、より大きな革命につながる可能性がある」という氏の言葉は、ビジネスイノベーションにも通じる洞察を提供しています。
受講生からは「アーティストの発展的アイデアとアドバイスが新鮮だった」「自分の思考の癖に気づくことができた」「思考を続けるうちに、むしろ表現や考え方は無限だと気がついた」などの感想が寄せられ、アーティストがビジネスパーソンの視野を広げる可能性が示唆されました。
ビジネスイノベーションの新たな展望
本研究は、現代アーティストがイノベーションの新たなプレーヤーとして大きな可能性を秘めていることを示しています。アーティストの創造的な視点やプロセスは、従来のビジネス手法では見落とされがちな問題を浮き彫りにし、新たな解決策を提案する力を持っています。
今後、イノベーションのプレーヤーとしてのアーティストの役割や資質をさらに明確にすることで、ビジネスへの実践的な応用が進むことが期待されます。企業は、アーティストとの協働や、アート思考を取り入れた研修プログラムの導入を検討することで、新たなイノベーションの可能性を開くことができるでしょう。