2021年7月1日に「科学技術と経済の会」で行った講演の講演録が、「技術と経済」2022年1月号に掲載されました。その要約を記載します。
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なぜ“アート” なのか
私は28年間製薬企業で研究、経営企画、企業広報に従事してきました。この中で課題に感じていたのは新薬の成功確率が非常に低いということです。2万5000 分の1 などと言われており、ほとんどのプロジェクトが途中で失敗してしまう。イノベーションの効率をあげられないかと思っていました。
一方、プライベートで現代アートのコレクションやアートイベントを始めるようになり、多くのアーティストと話をするようになりました。アーティストは、視点や思考が非常にユニークで、ビジネスパーソンが考えてもみないようなことを言い出すことに気づきました。彼らの頭脳を産業界に活かすことができれば、産業界でも新しいものができるのではないかと思い、アート思考による人材育成と、アーティストと企業との共創という今の事業を始めました。
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“現代アート” とは何か
現代アートは、マルセル・デュシャンから始まったと言われています。彼が1917 年に発表しようとした『泉』という作品は、物議を醸しました。それまでは美しいことにアートの価値があったのに対し、常識を覆す問いやコンセプトを提示しているかという点に価値を見出すようになりました。このような作品を作っている現代アーティストたちは、社会事象に疑問を持ったならば、徹底的にリサーチをする。根本から考え思考を飛躍させることで、斬新なコンセプトを創出しています。
企業が行っている事業活動も、基本的には同じ思考をたどるが、アーティストの思考の飛躍の程度は、ビジネスパーソンと比べて遥かに大きいのです。
さらに、自分が作りたいことを何としてでもやり遂げる“突破力” と、多くの人の共感を呼ぶことで周囲を巻き込む“共感力” というものも、アーティストの特徴といえます。これら3つが揃うと事業としても非常に強力になります。
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現代アーティストは常識を覆すイノベーター
アーティスト自身が事業を起こすという例も知られています。米国の調査では、アートを専攻した学生が起業もしくはベンチャーに就職する割合は、他の専攻よりも多いことがわかっています。
Design in Tech Report 2016 では、当時のユニコーン160 社について調べたところ、21%もの会社に芸術系の教育を受けた創業者がいるということがわかりました。例えばYouTube やAirbnb、Dyson、Pinterest、投資会社のY Combinator など、名のしれた会社の創業者にも芸術系の出身者がいます。
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アーティストと企業との共創による新たな価値の創造 – Artistic Interventions –
Artistic Interventions というのはヨーロッパで付けられた名前で、「企業がアーティストをプロジェクトチームにリーダー的立場で迎え、企業が抱える共通の課題に一緒に取り組んでもらう活動」のことをさします。アーティストが持つ斬新なコンセプトを創出する思考を、企業の人たちも学ぶことで組織に変革をもたらすことが期待できます。
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Artistic Interventions 活動の背景
Artistic Interventionsは2000 年以降に増えています。その背景を推察すると、技術の飛躍的な進歩、組織変革の必要性、そして社会課題への注目の3つが考えられます。
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Artistic Interventionsの概要
2013年のレポートで、Artistic Interventions を実施した企業37 社にヒアリングした結果がでています。11 社が今までに100 回以上繰りし実施しています。一度やるとかなりインパクトがあるので続ける企業が多いと考えられます。主目的は“新たな手法やプロセスの 開発” とする企業が多く、副次的な目的としては“新製品や新サービスの開発” が挙げられています。
“新たな手法やプロセスの開発” について具体例を挙げると、NokiaのBell Labs(旧AT&T)では、1960 年代からアーティストが研究所に滞在するプログラムを実施しています。技術開発に人間的な要素を付加する役割をもっています。
“新製品や新サービスの開発”の事例としてGoogleの例があります。アーティストの福原志保氏が参加した、Google が開発した電気を通す糸の用途探索プロジェクトです。ある。彼女はすぐに用途を探すことはせず、そもそもGoogle の変革につなげるにはどうしたらよいかというところからスタートしました。そして、自己表現であり他人との違いを生む手段でもある“ファッション” に思考を飛躍させ、アパレル業界から学ぶことがあると考えました。そこでアパレル産業であるLevi’ s とのコラボレーションを提案し、電気を通す糸で作られたジャケットが開発された。スマホを取り出さなくても、ジャケットの裾を触ると操作できる画期的な製品となり、コラボレーションの幅を広げています。
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Artistic Interventions の実施例
私が企画した事例を紹介します。文化庁の令和2年度文化経済戦略推進事業の一つとして採択されたものです。コニカミノルタ株式会社で、アフターコロナの新たなビジョンや方向性を考えるプロジェクトの話があり、アーティストを入れてはどうかと提案しました。アーティストとして久門剛史さんが参加しました。このプロジェクトの最初に彼が「企業内 にジョーカー的ブレーンとして えられている」といった言葉が、アーティストの役割を明確に表しています。会社の中には、いわばスペードのエースみたいな人がいっぱいいるわけですが、そこにジョーカーが来ると動揺するわけです。「効率を重視してばかりでは、新しい発想は出てこない。ブレーキを踏むことも大切」と、アナログな往復書簡を行ったりしました。最終的に久門さんに12枚のドローイングを描いていただき、この作品を身近に置いてもらったうえでワークショップを行いました。
事業を起点に考えると「今の技術をもっとこうしたい」などというビジョンになりがちですが、アートを起点としたアプローチをとることで、社会や世界の解像度を高めたいといった視座を高めた意見が出てきたと思っています。
久門氏が最後にコメントした点は、アーティストと企業がより良い関係を構築する上で非常に重要だと思うので紹介します。「アーティストはあえて極端な⾮効率性を求め、その無駄の細部に真実を⾒いだそうとする場合があるが、企業では効率性が求められる。しかし、双方とも世界をより良くしようとしている点では共通しているので、お互いがフラットな関係を持てる場をいかにつくっていくかが重要です」
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