日経産業新聞 2021年6月22日に寄稿した記事を転載します。
企業活動に刺激を与え、様々なイノベーションを引き起こす
「アート思考」の効果をさらに高めるにはどうしたらいいのだろう
か。それには、「アーティスト=先生・教える側」「企業・社員
=生徒・教わる側」という関係を超えて活動することが欠かせな
い。
具体的には、企業がアーティストの「思考を飛躍させ斬新なコ
ンセプトを創出する力」「社会的な使命感を背景に困難を突破す
る力」「自らの体験を基に大勢の人の共感を呼ぶ力」を学び取る
一方、アーティストも企業の先端的な取り組みから様々なことを
感じ取り、企業が開発した新技術を使って新しい芸術作品を生み
出していく。共に高め合い、新しいものを創り出していく「共創
の関係」になることである。
共創の事例として、50年以上にわたって国際的に活躍する現
代アーティスト、中谷芙二子氏の活動を紹介したい。新しい技術
とアートを融合させ、見事な作品を創り上げたのである。
中谷氏は米大学を卒業後、1966年に芸術と技術の協働を推
進する実験グループ「E.A.T.(Experiments
in Art and Technology)」に参加した。
E.A.T.は1970年の大阪万博でペプシ館のデザインとプ
ログラムを担当することになり、外壁を霧で覆い尽くすことを計
画、中谷氏が霧の生成に挑んだ。
しかし、人に害がない水だけを使い、長時間空中に漂う細かな
霧を大量に発生させるのは困難だった。そこで中谷氏が声をかけ
たのが、元コーネル大学研究員で雲の物理学者のトーマス・ミー
氏である。様々な実験を繰り返し、高圧ポンプと組み合わせて使
う新しい人工霧ノズルを開発した。霧に覆われたペプシ館は「霧
の彫刻」として世界に名が知られるようになった。
中谷氏は現在に至るまで世界中で霧の彫刻を発表しており、多
くのアーティストや科学者と共創している。一方、ミー氏が創業
した米ミー・インダストリーズ(カリフォルニア州)は霧技術の
リーディングカンパニーとなり、データセンターや病院、美術館、
農業など幅広い用途に関連製品を納入している。
霧の彫刻は霧に包まれたときの感覚や刻々と変化する姿で多く
の人を魅了する。彼女はこの作品について「いまの若い人たちに
は、作品を通して『変わることができる』という可能性を感じて
ほしい」と語る。アーティストとの共創の場は、私たちに変わる
ことへの勇気を与えてくれる。
共創の場をつくる重要性はアーティストの多くが感じている。
企業プロジェクトに参加した久門剛史氏は「アーティストはあえ
て極端な非効率性を求め、その無駄の細部に真実を見いだそうと
する場合があるが、企業では効率性が求められる。しかし、双方
とも世界をより良くしようとしている点では共通しているので、
お互いがフラットな関係を持てる場をいかにつくっていくかが重
要」と話す。
デジタルトランスフォーメーション(DX)や持続可能な開発
目標(SDGs)など世界の企業が未来に向けて大きな変化を迫
られている。世界の様々な課題を解決する製品やサービスを開発
するためにも、今こそ共創の力を生かすべきときだ。
記事のPDFはこちらからご覧ください。
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