アート思考入門(8)立ち位置ずらし、新たな視点(戦略フォーサイト)

瀬戸内海

 

日経産業新聞 2021年6月11日に寄稿した記事を転載します。

 

 アーティストの発想がどのように社会的な課題を解決したか。

今回は日本の地方の例を紹介する。

 

 瀬戸内海に犬島(岡山市)という島がある。明治時代、この島

に銅の精錬所が建設され、最盛期には2000人を超える労働者

が働いた。その後、大正時代に操業停止となり、廃虚となってい

た。アーティストの柳幸典氏がこの廃虚を13年の歳月をかけて

自然エネルギーとアートで再生、2008年に犬島精錬所美術館

として完成させ、国内外から高い評価を受けている。

 

 このプロジェクトでは、斬新なコンセプトを構築するには、自

分の立ち位置が重要であることを示している。

 

 柳氏は長い間、米ニューヨークで活動していた。1992年、

瀬戸内海の直島(香川県直島町)の美術館「ベネッセハウス」で

個展を開いたのをきっかけに、瀬戸内海の魅力にとりつかれ、帰

国のたびに訪れていた。95年、犬島を訪れ、精錬所の廃虚を見

て、自分が求めていたものだと直感したという。

 

 当時、ニューヨークを中心にアート作品が世界的に高騰し始め

ていた。一方、犬島に行くと日本の近代化を支えた工場がすっか

り忘れ去られ廃虚になり、産業廃棄物を投棄する計画さえあった。

 

 柳氏は精錬所を最初に見た時、イカロスの神話を思い出したと

いう。幽閉されたイカロスと父のダイダロスが、ロウで固めた翼

を作り脱出する。しかし、イカロスは太陽に近づきすぎ、ロウが

溶けて落下してしまう話。人間の傲慢さやテクノロジーへの過信

が、精錬所と重なって見えた。

 

 都市部にいると瀬戸内海の美しい姿ばかり目にするが、地方に

身を置き、位置をずらすことで違う現実が見えてくる。都会の豊

かさから出てくる廃棄物に埋もれつつある近代産業の廃虚。犬島

が置かれた状況に強いメッセージ性を感じた。そこで打ち立てた

のが、このプロジェクトである。資金を出してくれるスポンサー

を探し出し、地元の協力を仰いで犬島精錬所美術館はできあがっ

た。

 

 産業遺構を使った美術館の中には、日本の近代化に警鐘をなら

した三島由紀夫をモチーフにした作品やイカロスから発想した作

品を展示した。

 

 循環型社会も意識しており、太陽や地熱などの自然エネルギー

を活用し、植物の力を利用した水質浄化システムを導入した。温

まった空気が煙突を通って外に出て行き、外気が館内に取り込ま

れる仕組みも、空に向かって飛び落下してしまうイカロスを思わ

せる。

 

 美術館の建設にあたっては「東京にないものを創る」ことを目

指し、瀬戸内を拠点とする建築家・三分一博志氏と協業した。

 

 柳氏は犬島の他にも瀬戸内海で次々とプロジェクトを立ち上げ、

船舶免許をとり船で行き来することで、海から日本を見ている。

各地で開催する展覧会のタイトルに「Wandering P

osition(位置をずらす)」と付けることが多い。自らの

立ち位置を常にずらすことで、固定概念にとらわれない新たなコ

ンセプトを創り続けることができるという意味を込めている。

 

 これはアーティストの話にとどまらない。米国や中国の企業に

活気がある理由の一つに、大手企業が地方に分散していることが

ある。日本もテレワークで地方に拠点を移して働く人が出てきた

が、まだ少数だ。新たな問題意識を養い、斬新なコンセプトを創

出するためにも立ち位置を地方に一度ずらしてみることも重要だ。

 

記事のPDFはこちらからご覧ください。

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