解体された中銀カプセルタワービル:たんぽぽ戦略で世界中に拡散

 

この記事では、解体された中銀カプセルタワービル(黒川紀章設計)が、人々の生活様式をも変革するデザインであったこと、様々な場所に拡散するたんぽぽ戦略で生き続けることについて紹介します。

 

生物の代謝を模した「メタボリズム」建築

 

1960年代、丹下健三に強い影響を受けた、黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦らが、未来の都市像を描いて「メタボリズム」という建築運動を始めました。「メタボリズム」とは生物学用語で「新陳代謝」という意味。生物が環境に適応して変化していくのと同じように、都市も次々と姿を変えて成長していくという考え方です。そして、このとき提案された都市計画は斬新なものばかり。

 

中銀カプセルタワービルは黒川紀章さん(1934~2007)の代表作。1972年に竣工、実現したメタボリズム建築と言われています。一室が床面積約10平方メートルのカプセルになっていて、古くなったカプセルを入れ替えて長期間存続させるというコンセプト。生物が細胞を新陳代謝しながら個体は一貫性をもたせているのと同じことを試みたのです。実際にはカプセルは交換することはなく、ビル全体が著しく老朽化してしまいました。

 

生活様式をも変革させた中銀カプセルタワービル

 

中銀カプセルタワービルの保存を目的に結成された中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトが編集した『中銀カプセルタワービル 最後の記録』には、114室のカプセルを撮影した写真が掲載されています。人が居住しとてもきれいに使われている部屋、アートギャラリーのように作品を展示している部屋があります。一方で、天井や壁がぼろぼろに崩れている部屋もあります。

 

このビルの住人にはクリエイティブな人たちが多く、テレワークやライブ配信はコロナ禍よりもずっと前から行っていました。また、このビルには、住人たちが集まるコミュニケーションスペースは存在しません。しかし、個性あふれるリフォームをした部屋を互いに見せ合っていました。そのため、密度の濃いコミュニティ意識が醸成されていたそうです。

 

狭いカプセルの中に集まって「カプ飲み会」が開かれたりする。(一部かもしれないが)住人のこの建物に対する強い愛着や一体感は、およそクールな都会の交流ではなく、まるで下町の近所付き合いのようである。

 

非常に先進的な部分と昔ながらの部分を兼ね備える不思議なビル。黒川さんの設計は建物のデザインがユニークだけでなく、生活様式をも変革したところがすごいですね。

 

解体された中銀カプセルタワービルのたんぽぽ戦略

 

中銀カプセルタワービルの140のカプセル。解体後、状態のよいものを再生し、世界中の美術館や宿泊施設に譲渡する計画になっています。これを私はたんぽぽ戦略と呼びたいと思います。

 

最近、古い建築の移設のニュースがもう一つありました。
倉俣史朗さん(1934-1991)がデザインした、新橋の寿司屋〈きよ友〉。1988年にオープンしましたが2004年に閉店。その後英国の出版社が所有し、営業時のまま保存していました。この店の外観、内観を香港に誕生したアジア最大級の美術館M+がコレクションとして収蔵したのです。食器類も当時のものをそのまま収蔵しています。

 

美術館なので、実際に寿司を提供することはできないのが残念です。
M+は、この寿司屋をコレクションしたことについて、商業施設は短命なものが多いが、もっと関心をもってもらいたいと考えたと言っています。

 

このように建築をそのまま移設して保存することはわりとあると思います。しかし、中銀カプセルホテルタワーのように、一部をいろいろなところに譲渡するのは珍しいのではないでしょうか。
たんぽぽの種子が風に乗って遠い場所にたどり着き、根をはって新しい生態系を作ることと似ています。

ホモ・ムーベンスの時代

 

美術館に譲渡されると、M+の寿司屋のように機能は失われてしまうかもしれません。でも宿泊施設の場合は、宿泊客が滞在できるようになるでしょう。このような保存戦略も生物的で、メタボリズムの別の形とみることができます。

 

中銀カプセルタワービル
中銀カプセルタワービル

 

黒川紀章さんは、1969年に『ホモ・ムーベンスー都市と人間の未来』という本を出版しています。ホモ・ムーベンスとは、移動しながら働き、暮らす人(動民)という意味。二拠点や三拠点をもって活動している人がようやく出てきました。中銀のカプセルが世界中に広がり、ホモ・ムーベンスたちを迎えてくれる。黒川さんが50年前にイメージした世界がいよいよやってきます。

 

中銀カプセルタワービルが解体され、たんぽぽとなって旅立つ時、生活様式をも変革できる新たな建築が誕生することを期待します。

 

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