シルヴィー・オハヨン監督・脚本の映画『オートクチュール』。
ファッションデザイナーの話のようなタイトルですが、アトリエのお針子さんの物語。
ディオールのオートクチュール部門のアトリエ責任者であるエステルは、次のコレクションを終えたら退職する。準備に追われていたある朝、地下鉄で若い娘にハンドバッグをひったくられてしまう。犯人は郊外の団地から遠征してきたジャド。警察に突き出してもよかった。しかし、滑らかに動く指にドレスを縫い上げる才能を直感したエステルは、ジャドを見習いとしてアトリエに迎え入れる。時に反発しながらも、時に母娘のように、そして親友のように美の真髄を追い求め濃密な時間を過ごす二人だったが、ある朝エステルが倒れてしまう・・・。最後のショーは一週間後に迫っていた――。
ジャドは移民二世、ブランドの仕事につくのは難しいのですが、その才能をエステルに見出される。エステルは、何度も何度もジャドにチャンスを与える、この執念とも思える姿がすごい。
映画の最後に、”To Jade”というクレジットが出てきますが、実話ではありません。監督のシルヴィー・オハヨンにとっては、実話といってもいい想いがありました。
シルヴィー・オハヨンはユダヤ系チュニジア人、ジャドと同じように、パリ郊外の大規模団地で幼少期を過ごしました。そして、長女の名前がジャド、この映画は長女のために創ったといってもいいものでした。
シルヴィー・オハヨンは離婚したことがあり、長女はシルヴィー・オハヨンに反抗するようになりました。その後再婚し、義理の娘ができたのですが、彼女とはとても共感し合える関係になった。この複雑な心境が物語のベースになっているのです。
オートクチュールのアトリエを舞台にしようと思ったのは、友人のウエディングドレスの修理のためにアトリエを訪れた時の経験によります。
階段の下の部屋にお針子さんたちがいて、彼女たちが話している声が聞こえて来たんです。それがパリの下町っ子のおきゃんのような、かなりざっくばらんな話し方をする女性で、高級でエレガントなドレスのイメージとのギャップがとても面白く感じました。その後、そのお針子の人がアトリエに入って来たんですけど、いざ、ドレスを扱うとそれは繊細で優雅な指の使い方で、そのコントラストに驚いたんです。
シルヴィー・オハヨンは、ハイブランドのアトリエについてリサーチを重ね、お針子さんやクリエイターにもインタビューを重ねました。実は、ハイブランドのアトリエの多くが、ジャドのような移民が住んでいるパリ郊外にあることに気づき、この地域に住む子どもたちが、いずれは映画で描いたようにアトリエで仕事ができるようにとの想いで制作しました。
興味をもった身近な社会事象についてリサーチし、思考を飛躍させて制作した作品。アート思考的な創り方で自分の想いを描いたことで、ディオールのドレスやスケッチを使うこともでき、多くの人の共感をよんでいます。
映画でジャド役を演じたリナ・クードリはアルジェリア生まれ。内戦が起きたとき両親と共にフランスに避難。舞台芸術の学位を取得後、ストラスブール国立劇場に入団。映画デビュー作でヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門の主演女優賞を受賞、スーパーな活躍をしています。
映画の世界は移民にも門戸は開かれていますが、ハイブランドの世界はまだまだ保守的なようです。シルヴィー・オハヨンは、映画を創るに止まらず、ルイ・ヴィトンやディオールの大株主であるベルナール・ジャン・エティエンヌ・アルノーと共に、郊外に住む子供たちがアトリエで働けるように招聘するプログラムを企画しているそうです。
エステルがジャドに言い続けたように、子どもたちに、あなたの未来に対して、社会の窓が開いているというメッセージを伝え続けること、知らせることはとても大切だと思っています