Transcreation Lab.への寄稿文を転送します。
私は、Transcreationを行ううえで必要となる「思考の飛躍」を中心にこのコラムのシリーズを書いています。今回は、四角形(フレーム)と思考の飛躍について考えてみたいと思います。
都市は四角形にあふれている
黒川紀章さん(1934~2007)が設計した中銀カプセルタワービル、50年の時を経て、ついに解体されることになりました。1960年代におこった「メタボリズム」という建築運動を表現した建築。一室は床面積約10平方メートルのカプセル、建設当初に想定された、25年たったらカプセルを取り替えるというコンセプトは実現しなかった。しかし、解体後に状態のいいカプセルを国内外の美術館に譲渡したり、宿泊施設に設置して活用したりといった構想がある。たんぽぽの種子が綿毛から飛び立ちいろいろな場所で根をはるように、カプセルが新たな場所で人々を楽しませる、メタボリズムのコンセプトが別の形で実現します。
このカプセルが象徴的ですが、私たちの住居は四角形が基本になっています。都市は見渡す限り四角形にあふれています。一方で、里山など人工物のほとんどないところに行くと、四角形はほとんど見られません。
四角形の発明
人間はどのように四角形を発明したかに興味をもち、『四角形の歴史』を書いたのが、赤瀬川原平さん(1937-2014)。日本の前衛美術を牽引した赤瀬川さんが、1963年に《模型千円札》を発表したところ、違法として起訴されます。裁判の時、証拠品としてものすごい数の芸術作品を裁判所に持ち込み、法廷を展覧会場に変えて「芸術とはなにか」を訴えるといった、奇想天外なTranscreationを次々と仕掛けてきました。
赤瀬川さんが考える四角形の始まりについては、本を読んでいただくとして、私は次のように考えています。
旧石器時代になると、人間は洞窟から出てきて大地に住むようになり、竪穴式住居が作られます。この骨組みを見ると、入口や屋根のところに四角形が出現しています。一方、古代四大文明の地域では、泥レンガが使われました。レンガを安定して積み上げるには、直方体が適していることに気がつき、型枠を使ってレンガを作ることが行われていたようです。
人間が大地に住むため、ある程度の空間を確保するうえで四角形は必須だったのです。
これ以降、四角形は急速に広まり、都市は四角形にあふれることになります。
四角形(フレーム)の魔力
赤瀬川さんが四角形の歴史に興味をもったきっかけは風景画でした。風景画が盛んに描かれるようになるのは19世紀、ターナーが登場し印象派に引き継がれます。それ以前の絵画の主題は人物、その背景として風景が描かれていました。なぜ背景を描く必要があったのでしょうか。ここの四角形(フレーム)の魔力があります。四角いキャンバスや板に人物を描いただけだと余白ができてしまい、未完成の感じが出てしまいます。フレームは埋めないといけないという感覚に襲われるのです。この埋めないといけない感覚が発展して、学校のテスト、申請書からアンケートに至るまで、埋めてほしいところには四角形(フレーム)が使われています。
四角形(フレーム)にはもう一つ魔力があります。無数の社会事象の中から、自分の関心のある部分を切り取ることができます。写真を撮るときがまさにこれにあたります。この魔力を使って、経営戦略を考えるときのフレームワークが開発されたと考えられます。フレームで切り取った条件について検討すればいいので、効率的に戦略を立てることができます。
しかし、ここに落とし穴があります。フレームで切り取るときに、自分達の常識や固定観念の影響を受けてしまう。そのため思考がなかなか飛躍せず、奇想天外なアイデアを創出することが難しくなるのです。
フレームの魔力を超えたパンナムの太平洋路線開拓
かつてアメリカのナショナルフラッグであったパンアメリカン航空(パンナム)の太平洋路線開拓は、フレームを超えた発想で行われました。1920年代後半、最長空路はアフリカとブラジルを結ぶ1,865マイルの郵便飛行でした。パンナム経営者のファン・トリップは、大西洋路線の開拓が権利関係で不調に終わると、太平洋路線の開拓を計画する。しかし、ホノルルから中国までの距離は大西洋路線の2倍以上あります。航空機の性能、ハワイと日本の間には何もないというフレームに捉われ、ほとんどの人が太平洋路線はとても無理と判断し、取締役2人が辞任、連邦委員会の委員長は政府に反対を表明させようとさえしました。
トリップは19世紀の太平洋横断貿易に使われたクリッパー帆船の記録を調べました。ホノルルと上海の中間あたりにウエーク島という無人島があったのです。海軍がウエーク島に航空拠点を建設していました。さらにミッドウエーとグアムにも拠点を設置、1935年サンフランシスコ-マニラ間(ハワイ、ミッドウェイ、ウェーク、グアム経由)の定期便を就航させました。
新たな製造の仕組みを創ったティム・クック
2011年、ティム・クックがアップルのCEOになりました。これ以降、アップルは設備投資を加速させています。売上高の増加と設備投資の増加が非常によく相関しています。2021年の設備投資は1,000億ドル(約13兆円)を超えています。トヨタの設備投資額が1.2兆円ですから、とんでもない額を投資していることがわかります。ここで不思議なのは、アップルはファブレスカンパニーです。どこにこんなにも多額の設備をもっているのでしょうか?
iPhoneをはじめ、アップルは毎年のように先端機能を搭載した新機種を発売します。これらの機種を製造するために、製造装置もアップルが開発しているそうです。そして、開発した製造設備を委託企業にリースしているのです。
通常のフレームワークだと、自社生産とファブレスで、メリットデメリットを挙げて、どちらがいいかを考えます。ティム・クックは、このようなフレームには捉われず、新機種を毎年発売し、しかも在庫を持たないようにするにはどうしたらいいかを追求、自社生産とファブレスのハイブリッドと呼んでもいい、全く新しい製造の仕組みを創出したのです。
コラージュでフレームの魔力を超える
フレームの魔力を超えて思考を飛躍させるには、コラージュ的思考が効果的と考えます。コラージュとは、通常の絵画の描き方ではなく、性質やロジックのばらばらの素材(新聞の切り抜き、壁紙、書類、雑多な物体など)を組み合わせて創られる作品のことです。
大きなキャンバスやボードに、自分の直観で気になった素材を貼っていく。貼る位置も直観で決めます。すると、全く関係ないような素材が隣り合うようになりますが、これが、思いもよらない発想、思考の飛躍を促します。
刑事もののドラマで、犯人や主人公の切れ物刑事の部屋には、壁いっぱいに事件の記事や地図や被害者の写真などがコラージュされている場面が出てきます。警察の捜査本部のボードには、フレームに事件の概要が記載されています。フレームに書かれなかった事件は考慮されないのに対して、コラージュだと一見関係ない事件との接点を見つけることができるのです。上記のティム・クックの事例は、相反するものを結びつけており、コラージュ的思考といっていいと思います。
ファインアートの世界でコラージュを始めたのは、Transcreationの巨匠パブロ・ピカソ。ひとつの物を別の物に転化させたり、新しくつなぎ合わせたものの形から、思いがけない意味を引き出したと言われています。フレームの魔力を超えて思考を飛躍させるために、私たちもコラージュにトライしていきましょう。
「あらゆる創作行為は、まず何よりも破壊行為である」(パブロ・ピカソ)
関連リンク
サフィ・バーコール『LOONSHOTS クレイジーを最高のイノベーションにする』
『パブロ・ピカソの名言集』62選 一覧|心に残る名言・心に響く格言