日経産業新聞 2021年6月21日に寄稿した記事を転載します。
企業が組織全体としてどのようにアート思考を取り入れたらよ
いのか。その方法を説明する。
最も効果的なのが、チームの一員としてアーティストを迎える
ことである。アドバイザーといった役割ではなく、アーティスト
が一定期間、組織に入り込み、共通の課題に取り組む過程で、組
織に学習や変化を引き起こす。欧米では「アーティスティック・
インターベンション」と呼ばれ、盛んに行われている。インター
ベンションは介入、干渉という意味だ。
これまで企業とアーティストとの関わりは、展覧会などを協賛
するメセナ活動や作品を製品に取り入れるマーケティングでの協
業が多かった。ただ、これらの活動ではアート思考の最大の特徴
「思考の飛躍」をあまり生かせない。一方、アーティスティック
・インターベンションは、アーティストの斬新なコンセプトを創
出する力を活用するものである。
私が関わった案件だが、企業のアーティスティック・インター
ベンションの事例を紹介したい。コニカミノルタが文化庁の20
20年度の「文化経済戦略推進事業」の指定を受けて実施した取
り組みである。組織の枠を越えてこれまでにない事業を創出する
ための社内組織「エンビジョニング・スタジオ」が中心となって
展開した。
アーティストの力を借り、新型コロナ後を見据えた新たな事業
ビジョンを模索した。同社は人々の「みたい」気持ちをイメージ
ング技術で実現することを経営ビジョンとして掲げている。企業
人とは全く異なる視点で社会を捉えるアーティストと議論するこ
とで、新たなイメージングの可能性を見いだすことができると期
待した。
チームに現代アーティストの久門剛史氏を招き、オンラインで
議論を重ねた。久門氏はデジタルによる情報交換だけでは新しい
アイデアを出すのは難しいと考え、往復書簡による時間をかけた
情報交換も取り入れた。久門氏が社員にドローイング(スケッチ)
や彫刻などの課題を郵送、社員が作品を制作して送り返すこと
を繰り返し、お互いの理解を深めていった。
久門氏は返ってきた作品やオンライン会議での議論から最終的
に自らも12枚のドローイングを制作した。そのコンセプトにつ
いて久門氏は、同社がテーマに掲げる「みる」という行為に絡め
て次のように説明した。「どういう角度で物事を見るか、どうい
うポジションに身をおいて見るかによって、見え方が全然変わる。
また『みる』という行為はいろいろ感じることを誘ってくれる。
これらをリンクさせながら12枚を描いた」
最後に各事業部から社員を募り久門氏を交えて議論し、個々人
のビジョンを作って活動を終えた。社員からは「アートというフ
ィルターを通すことで主体的に会社の未来を考えることができた」
「今回はビジョン作成までだったが、事業プランの入り口まで
併走してもらいたい」といった感想があり、新ビジョン創出にと
どまらない可能性を感じていたようだ。
海外の研究によると、こうした取り組みの効果は多岐にわたる。
例えばノキアのベル研究所(米ニュージャージー州)では50
年以上前からアーティストが1年ほど研究所に滞在し、アートと
テクノロジーを融合させるプロジェクトを続けており、人の感情
や共感を踏まえた技術を開発するのに役立っているという。実際
に実行するには相応の覚悟と時間、手間がかかるが、企業が取り
組む価値はある。
記事のPDFはこちらからご覧ください。
関連リンク
「文化経済戦略推進事業」で試みられる、アーティストと企業の協働というエコシステム
アートを「革新の起爆剤」に。PART1 THE MEANING OF WORK
We Speak Music: The Creative Potential for AI and How We Got Here
文化庁主催シンポジウム「企業の文化投資は経済界・文化界に何をもたらすのか」に登壇しました
企業とアーティストをつなぐArt-Driven Innovation Platform事業が美術手帖オンラインに掲載されました