日経産業新聞 6月18日に寄稿した記事を転載します。
アート思考を身につける取り組みで非常にインパクトのあるの
が、アーティストとの対話である。アーティストと話をすること
で、ビジネスパーソンは自分が普段物事をあまり深く考えていな
いことを痛感させられるのである。
昨年、あるNPO法人とビジネスパーソン向けのアート思考ト
レーニングを開催した。自分が解決したい課題をプレゼンし、ア
ーティストと議論するプログラムだった。ビジネスパーソンは仕
事で忙しい中、プレゼン資料を作成してきたが、リサーチも不十
分で、固定概念にとらわれた考察となっていることが多かった。
アーティストは考えが浅いことを一瞬で見抜いた。こうした取
り組みをする際は、先入観を取り除いて事象を観察し、しっかり
とリサーチしなくてはならないこと、観察したことからどのよう
な課題が導かれるか根本から考えなくてはならないことを主張し
た。根本から考えることは抽象度をあげることになり、ひいては
思考を飛躍させることにつながる。
ところが企業は、社員が毎日真剣に考えなくても業務が進むよ
うに、分業体制をとりルーティン化している。そのため、根本か
ら考える機会が少なくなってしまっている。現在の日本企業の仕
組みは、高度経済成長期の大量生産時代に確立されたもので、そ
の時代には適していた。
講師を担当したアーティストもそうしたことを感じているよう
で、「私は大学でも教えており、学生は自由に発想できていて、
なるほどと思うコメントがけっこうある。しかし、ビジネスパー
ソンは日々仕事に追われているためか、自由な発想が難しいのだ
ろう」と語った。
アーティストは連載でみてきた通り、身の回りの事象について
深く考え思考を飛躍させ、唯一無二の作品を制作している。ビジ
ネスパーソンとアーティストでは、仕事に対する姿勢も求められ
る思考のレベルにも大きな違いがある。
アート思考トレーニングに参加した受講生の中には、異人のよ
うな存在のアーティストから痛烈な指摘を受け、これまでにない
衝撃的な経験だったという人も多かったと思う。実際、受講生か
らは次のようなワークの有効性についての意見が寄せられた。
「既成概念に疑問を抱き、深く考えることの重要性、面白さに
気づけた」「自分の信念を持ち、生き方を考え、それを実現して
いく大切さがわかった」「アーティストのものの考え方、アート
の価値を知ることができ、アート思考がビジネスに活用できると
感じた」
日本が目指すべき未来像として官民で推進する「ソサエティー
5.0」で指摘されているように、今後は「デジタル革新と多様
な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価
値を創造する社会」になっていく。それには、日本型の雇用慣行
をモデルチェンジし、一人ひとりが自分の仕事の意味や社会課題
について根本から考えられるようにならないといけない。
アーティストとの対話は、ビジネスパーソン自身があまり深く
考えていないことに気づき、変革を促す効果的なワークである。
とはいっても、アートが好きなビジネスパーソンでなければ、ア
ーティストと直接話をする機会はほとんどないのが現実だ。個別
企業として取り組むだけでなく、産業界全体でアーティストとの
接点を増やすことを考えてもいい。
記事のPDFはこちらからご覧ください。
関連リンク
日本経済団体連合会 「Society 5.0 -ともに創造する未来-」
「ビヨンド・ザ・デザイン思考:アート思考で社会課題を探索する」を開催しました