日経産業新聞 6月17日に寄稿した記事を転載します。
アーティストの思考法に迫るには何をすればよいか。アーティ
ストのように実際に作品を制作してみることも貴重な経験となる。
例えば、第三者にテーマを出してもらい、それを基にコンセプ
トを考え、作品を制作することでそのコンセプトを表現する。制
作するのは、彫刻やドローイング(スケッチ)、刺しゅうなど道
具をそろえやすいものがお勧めだ。
その効用は3つある。まず1つ目が、「作品を制作することで、
新たなコンセプトの構築を経験できる」ことである。
アーティストは作品制作にあたり、リサーチやドローイングな
どを繰り返して思考を飛躍させ、コンセプトを構築する。東京大
学大学院教授の岡田猛氏らによる「現代美術家の作品コンセプト
生成過程」の研究でも、思いついたコンセプトを表現する過程で
生じる触発と手を使った創作のインタラクション(相互作用)に
より、コンセプトが精緻化されると報告されている。
ビジネスパーソンも会社で新しいコンセプトを考える機会は多
いと思う。アーティストのコンセプトの組み立て方を体験するこ
とで、様々な気づきがあるはずだ。
2つ目が、「コンセプト設定から作品制作まで、まとまった時
間をとって取り組む」経験である。
現在のビジネスパーソンは日々時間に追われている。テレワー
クが進んでも通勤時間がなくなった分、オンライン会議が隙間な
く入るといった具合である。このような忙しさでは、斬新なコン
セプトを考えるのは難しい。時間が取れないことも大きいが、じ
っくり考えることの大切さを忘れてしまっていることもある。
作品の課題を与えられ、強制的に時間を取ることで、じっくり
考える訓練になる。作品制作に取り組み創造的になっていること
を経験すると、時間の使い方の重要性にも改めて気づくだろう。
そして何より、制作に没頭することはとても豊かな経験である。
久しぶりに彫刻刀を持ち、木に刃を入れるときの感覚は格別だ。
3つ目の効用にもつながるが、時々はこのような時間を作るこ
とも創造性を高めるために必要となる。
3つ目が、「手を動かすことで新たな知を発見する」ことであ
る。
ビジネスパーソンは視覚と聴覚で仕事をしている人も多い。テ
レワークになりこの傾向は加速している。企画を考える場合もま
ずネットで情報を集めることがほとんどであろう。アーティスト
はコンセプトを構築するまでに、ドローイングを描いたり模型を
作ったりといった試行錯誤を繰り返す。手を動かしモノを作って
みて初めて発見できることがある。
デジタルアート集団チームラボ(東京・千代田)代表の猪子寿
之氏は次のように語っている。「プロセス(手を動かす)を通し
て、そこから汎用的な知を抽出できるかどうかがすごく重要です。
そうして発見された知は組織の中で積み上がっていきます。こ
れからは、それができるかどうかだけが組織の強みになると思い
ます」(ダイヤモンド社「ハーバード・ビジネス・レビュー」)
作品制作でも対話型鑑賞の形で、お互いの作品とコンセプトに
ついて意見を述べ合うとよい。同じテーマでも全く違うコンセプ
トで作品を制作していることがわかる。猪子氏が言うように、こ
うした思考を共有することで知が蓄積していくのである。
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関連リンク
髙木 紀久子, 河瀬 彰宏, 横地 早和子, 岡田 猛 「現代美術家の作品コンセプト生成過程の解明