日経産業新聞 2021年6月16日に寄稿した記事を転載します。
アート思考を身につけるには、写真を毎日撮影するのも大きな
助けになる。身の回りの気になった事象を撮り、なぜそれを撮影
したかを記述する。1週間分ぐらいたまった時点で対話型鑑賞を
行い、複数のメンバーで撮影した写真について互いに意見を述べ
合う。
このワークの効果は2つある。1つは、身の回りの事象を観察
する解像度を上げること、もう1つは、身の回りに潜む社会課題
を浮き彫りにすることである。
まず、「観察の解像度を上げる」効果について説明する。
私たちは普段身の回りのことをほとんど見ていない。自宅から
会社までの通勤経路のように毎日通るところは見ているようで見
ていない。通勤途中に新店がオープンした時、前はなんの店だっ
たのか思い出せないという経験をした人も多いのではないか。こ
の連載でも触れたが、人は見たいものしか見ていないのである。
このような状況で写真を撮ろうとしても、何を撮ればいいか分
からなくなる。それでも何かを撮影しようともがくと、小さな花
をつけた雑草、道端に転がる空き缶、建物が持つ表情などが見え
るようになる。観察の解像度を上げることで、見えていなかった
ことに関心を持てるようになる。
また、対話型鑑賞をすることで、他の人が気づいたのに自分が
見逃してしまったことにも気づける。昨年、ビジネスパーソンを
対象にこの方法でアート思考のトレーニングをしたところ、隣り
合うマンションを撮った人がいた。2つのマンションは学区が違
い、間に見えない境界線があり、子供たちが別々の方向に歩いて
行くという。都会ならではの事象である。このように繰り返し写
真を撮り、他の人の視点も参考にすることで、観察の解像度が上
がっていく。
次に「社会課題を浮き彫りにする」効果について解説したい。
前述のトレーニングで、撮影した写真をアーティストに講評し
てもらった。新型コロナ禍でテレワークが推奨されている中、夜
間に全フロアの電気がついているオフィスビルの写真について、
アーティストは「リサーチのきっかけですね」とコメントした。
1枚の写真だけで、「テレワークが進んでいない」とか「エネ
ルギーが無駄に使われている」といった結論は出せない。「他の
ビルではどうなのか」「別の地域ではどうなのか」といったこと
を調べていくことで課題が明確になってくる。アーティストのコ
メントは、せっかく気づいた事象をそのままにするのではなく、
追究していくことで社会的な課題を発見できることを教えてくれ
る。
写真家の城戸保氏は「突然の無意味」というテーマで、郊外の
風景を撮影している。タイヤが外されボロボロの自動車が畑の横
に置かれている様子など郊外には不思議な光景がある。しかし、
この自動車は全くの無意味ではなく、農機具の物置などに使われ
ている。
このような日常風景の中で本来の役割からずれているものを撮
影し、「見ることの不思議」やそれがそこに「あることの不思議」
を提示する。一方、効率を重視した都市部では、このような風
景は見つからないという。
見慣れた光景や日常の中にも新しいコンセプトのヒントはある。
ただ見えていないだけである。毎日頑張って写真を撮影し続け、
観察の解像度を上げることで、社会に潜む課題を探しだし、斬
新なコンセプトの創出につなげたい。
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